「梅雨が明けたら海開き、って感じなんだけどね。
その……むつみちゃんは、夏…夏に……」
『海水浴、興味ある?』
いかにも、そう言いたいけれど、
言い出しにくそうな表情で、
キョウくんがわたしを見ている。
「海水浴かー。
興味ないってことはないんだけど、
わたし、泳げないんだ」
「!! ……ごめん、忘れてたよ」
「それに、今年は海水浴行ってる場合じゃないでしょ? キョウくんw」
「そうだった。
ものごとには、順序ってものがあるよね」
高台から、
鵠沼海岸に夕陽が落ちるのを眺めながら、
キョウくんとこんなたわいない会話をして過ごす、
日曜のこの時間の一瞬一瞬が、とても長く感じられる。
『ものごとには、順序ってものがあるよね』とキョウくんが言ったのは、
キョウくんが2度目の大学受験に成功するのが先、というお話。
で、キョウくんの第一志望は、いったいどこかっていうとーー。
回想
鎌倉家・キョウくんの部屋
「むつみちゃん、これ、憶えてるか?」
「もしかして、キョウくんがよく読んでた、鉄道図鑑?」
「あたり」
「ほら、おれがむつみちゃんによく見せてた、新型ロマンスカーの写真のページ」
「『VSE』と『MSE』ね。
(写真を指さして)わたし、『MSE』の色、きれいで好きだった」
「おれも『MSE』の色、好きだった」
「あのね、1996年に『EXE(エクセ)』っていう車両が出てから、約10年間ロマンスカーの新車は出なかったんだ。
だけど、おれが4歳のときに『VSE』が、7歳のときに『MSE』が立て続けに投入されたんだよ」
「投入、?」
「あ、ごめん、走り始めたってこと」
「それで・・・・・・。
(歯切れ悪く)VSEとMSEをデザインした人は、岡部憲明さんっていって、同じ人なんだけど……」
「?」
「わ、早稲田の建築学科出身らしいんだけど」
「もしかして、キョウくんも早稲田の建築学科、行きたいの?」
「行きたいというか、この前、受けて落っこちた」
「あ、そ、そっかぁw」
「早稲田だから、何回受けても通してもらえるかどうかはわからないけど」
「わかるよ……弱気になる気持ち」
「『そんな弱気でどうするの!』って怒らないんだね」
「わたしが他人(ひと)に言われるとイヤになるフレーズだから」
「あぁ…w」
「それで美術系の予備校に通ってるのね」
「空間表現ね。
でも配点の大部分は、英・数・理だからなあ」
「理科って物理と化学?」
「そう」
「わたし生物と地学選択だったからなー。
英語と数学だったらなんとかなるんだけど」
「数学!? 数Ⅲとかやってないでしょ」
「やってるし、できるよ♫」
「マジ!?」
「マジ」