【愛の◯◯】いちスイマーとして、いろいろわたしも思う

 

bakhtin19880823.hatenadiary.jp

 

アツマくん「そういえば水泳っていったら、おれと池江璃花子(りかこ)って同学年だな」

わたし「どうしてここまで差がついたんだろうねw」

アツマくん「なんだとーっ」

 

 

夕方のニュース

日本水泳連盟の会見が映し出される――

 

「どうしてここまで差がついたんだろうねw」

なんて、アツマくんに軽口を叩いてたときは、

こんなことになるなんて、

とうぜん、思いもしていなかった。

 

18歳のわたしーー2年後のわたしが、突然、

白血病です』

と告げられたら。

いったい、どのように事実を受け止めて、

そのあとに待ち受ける人生に、どのように向き合えばいいのか。

 

彼女は――璃花子(りかこ)ちゃんは、来年にオリンピックを控えていて、しかも自国開催なんて確実に一生に一度だし、そんな晴れ舞台に向けて頑張っていたところで――残酷なようだけど、彼女のピークはまさに2020年の夏にくることになる、とわたしは思っていた、そうなるはずだった。

 

 

絶対に他人事(ひとごと)ではなかった。

わたしは3歳から水泳を始めた。

習い事に拘束されることがイヤだったので、小5でスイミングはやめた。

でも、個人的に、プール通いは続けていた。

ひとりで、プール通いを続けて、もう5年以上になる。

 

わたしがやめたあともスイミングに残った子で、ときどき水泳雑誌に写真や名前が載る子がいる。

(わたしとアツマくんは、『スイマーズ』という水泳雑誌を、共同で定期購読しているのだ)

その子とはだんだん疎遠になっていったけど、彼女のようなレベルの選手だったら……たぶん、璃花子ちゃんと同じ大会で、泳いでいる。

 

わたしがもし競泳の世界に留まっていたら――なんて、自問するのもアホらしかったから、プール通いを続けていても、そういうことはまったく考えなかった。

むしろ、訊いてくるのは、他人。

 

 

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↑のあとで、我が校の水泳部と、親密さが高まった。

 

千葉センパイ。

葉山先輩にさんざんおちょくられていたけど、千葉センパイの水泳に対する姿勢に少しも曲がったところがないのは、葉山先輩だって否定できないはずだ。 

 

先月、校内プール(室内で温水)を使わせてもらう機会があった。

泳いだあと、ロッカールームで、千葉センパイと水泳について話し始めたら、会話が途切れなくなってしまって、水泳部の顧問の先生に声をかけられるまで話し続けていて――3人で苦笑いしたっけ。

 

……もちろん、璃花子ちゃんのことも、かなり話した……。

 

ふと、千葉センパイに、こう言われた。

 

『愛ちゃんが競泳選手だったら、わたし、いろいろ夢が観られたと思うんだけどなーー』

『そのかわり、わたし、この学校にいませんよ』

『こらw そういうこと言わないのっ!』

『わたし他人に夢を託されるくらい立派な人間じゃありませんから。

ーー( ;゚д゚)アッ!

 す、すみません、失礼な態度をとってしまって』

 

気まずい雰囲気になっちゃったかな? と不安になったけれど、千葉センパイは優しい口調で、

ジュニアオリンピックやオリンピックに出るだけが【道】じゃないよね』

と言って、こう続けた。

『葉山先輩、大学受験、しないでしょ。

 わたしは葉山先輩は京都大学受けるって決めつけの予想してたんだけどねw

 びっくりしたし、びっくり以上に、ハッとさせられた。

 名門私立中高一貫女子校から名門大学っていう定番コースだって、ワン・オブ・ゼムにすぎないんだって思った。

   人の道って、一本道じゃないんだって思った。

 

  アスリートの道も、一本道じゃないんだよね

 

 

 ーーそのときは、そういう会話の流れになったけれど。

 

きょう、授業が終わって、即刻、千葉センパイからLINE通知が来た。

 

わたし、池江さんにオリンピックに出てほしかった

 

『道はひとつじゃない』は正しい。

だからこそ、頂点を目指す【道】を選ぶ人間も、応援しなければならない。 

 

 

「だけど……。

 きついです、わたし。

 もちろん本人がいちばんきつい、それも想像を絶するくらいに。

 

 でも、どういう形であれ、3歳から泳ぎ続けている人間として、わたしも他人事じゃなく、悔しい、悔しいです、流さん……」

 

いつの間にか、流さんとテレビを観ていた。

 

 

 

きょうの衝撃的なニュース。

悔しい。

悔しい、だけど……涙は流さない。

 

「アツマがさ」

「そういや、アツマくん、きょうも受験」

「ボロボロだったみたいだ。

 

『ただいま』も言わずに、玄関のドア、バーンって開けて。

 猛ダッシュで自分の部屋まで駆け上がって。それで、カバンぶん投げるようなでかい音が聞こえた。

 でも、猛ダッシュで玄関ホールまで駆け下りてきて。

 驚いたから、『どこ行くんだ?』って訊いたら、

 

池江のぶんまで泳いでくるんだ!!!!!

 

 って大声で言って、スポーツバッグ提(さ)げて、出ていった。」

 

「ーーアツマくんのぶんの夕飯、いらないですね」

「そういうパターンだね。

 

 自分に足りないところがあって試験でボロボロだったことがわかってるだろうから、その失敗のボロボロを振り払うために、気が済むまで泳ぎまくるんだろう。

 それと同時に、

 『池江のぶんまで泳いでくる!!』ってのも、

 こじつけじゃなく、本心なんだろう」

「わたしも、そう思います。

 本心だ、って。

 

 ――さてと」

「――行きますか、キッチンに」

 

 

きょうの夕飯当番は、わたしと流さん。

 

今できることを、やらなきゃいけない。

夕飯を作ることだって、今。

野菜を切ることだって、今。

出汁をとることだって、今。

お魚をさばくことだって、今。

火加減を確かめることだって、今。

 

食べることだって、今。

 

食器を片付けることだって。

今。

今を、

今を。