期末テスト期間四日目
…というわけで、昼下がりの時間帯だが、いつもより早く戸部邸に帰宅し、自分の部屋に入り、テスト勉強──
する前に、ベッドに仰向けに寝転び、わたしは考え事をしていた。
さやかが意識してる「若い男の先生」って、だれ?
まず、真っ先に候補から除外できるのは、音楽の荒木先生だと思う。
たしかにさやかは、2年連続で荒木先生のほうのクラスで音楽を習ってるし、荒木先生は、わたしたちの学校の教師陣の中でもたぶん一番若くて、そういう強調材料はあることはある。
でも、逆に荒木先生は『若すぎる』と思う。さやかのお兄さんより若いんだもんね。これはわたしの独自推理だけど、さやか、荒木先生のことなんか眼中に無いんじゃないかしら。
新任の頼りない大学生の延長みたいな荒木先生よりも、魅力的な20代の男の先生、思い当たるフシがあるから。
20代後半……というよりも、流行り言葉でいえば『アラサー』か。
本命が、化学の上重(かみしげ)先生。すごく優秀な先生で、京大の理学部を出て理科教師になった。
逆に、なんで中高の教師に? とかいう疑問は的外れで、「日本の中等教育における理科教育のレベルを高めたかった」んだって。
前に上重先生、「小学校教員の資格が取れたら取りたかった」って悔しがってた。
そこのあなた!
『意識高い系じゃんw』って嗤(わら)ってない?
ほんとに意識が高いだけだったら、最初から相手にしないわよ、わたしたち生徒は。
──なんちゃって。
わたしの学校、『意識高いだけの先生』なんて、ひとりもいません。
(伊吹先生みたいによくわからない意識の先生もいるけど)
高い意識が空回りする先生がいても、それは最初だけで、
わたしたち生徒と、その先生が協働で、授業を軌道修正していきますから。
ごめんね。
これが名門女子校が誇る『自浄作用』だってことを言いたかったのだけど、うまく伝えられてないよね。
とにかく明日が理科の選択科目のテストであることにかこつけて、さやかに探りを入れてみることにした。
──性格、悪いかな。
アツマくんに知れたら怒られそう。
ま、いいか。
羽田愛:あした上重先生の化学よね
さやか青島:わざわざ『上重先生』をくっつける意図はなに
羽田愛:上重先生のメガネってさ──
羽田愛:かっこいいよね
さやか青島:はい!?
さやか青島:なにがいいたいの
さやか青島:あっ
さやか青島:こいつぅ
さやか青島:この前わたしが勘づかれたから、おちょくってんのね
羽田愛:ご名答
さやか青島:勉強しなさい、愛
羽田愛:ごもっとも
羽田愛:化学かぁ
羽田愛:元素記号
羽田愛:水兵リーベのLiebe
羽田愛:ふふ…Liebe
さやか青島:あのねえ👊🏻💢
羽田愛:でもドイツ語の授業でLiebeって単語見ると、ちょっとドキっとしない?!
さやか青島:それはあんたの名前が『愛』だからでしょうが
羽田愛:そうだった
さやか青島:こじつけなんてあんたらしくないね
羽田愛:ドイツ語といえばさー
さやか青島:またさらにこじつけるつもり💧
羽田愛:ドイツ語の杉内先生
さやか青島:なに、そこまでして特定したい!?
羽田愛:だーれをとくてーすーるのかなっ
さやか青島:わたしにテスト勉強させてよ
さやか青島:音楽史のプリント見てるんだから
あれ?
羽田愛:さやか
羽田愛:音楽のテストもう終わったでしょ?
羽田愛:わたしのクラスもあんたのクラスも
羽田愛:同日に
羽田愛:なんであんたテスト終わった教科のプリント見てるの
応答がない。
3時間後
♪スマホの着信♪
『あ、さやか。』
『……………』
『びっくりしちゃったよ、いきなり連絡途絶えちゃったから』
『愛』
『なーに?』
『(しおしおにしおれたトーンで )わたし、墓穴掘っちゃった』
『なに、どゆこと』
『音楽史のプリント見てたのはね……勉強が手につかないから』
『はいぃ!?』
『なにがあったの?
まさか、恋わずらいとかいうわけじゃないでしょ!?』
『……』
『……』
『だ、黙ってたらわからないよっ』
『その、まさか。
荒木先生のこと考えてて、勉強が手につかない。
それで、ずーーーっと音楽史のプリント眺めてたの。』
わたしは……、
予想外すぎて、
驚愕のあまり、
スマホを右手から落とした。
:(;゙゚'ω゚'):