開演前
ホワイエ
さやかは、観客席から、コンテストに出る愛を見守ることになった。
愛もアカ子もいないし、ほかに親しい友だちもいるわけでもなく、兄も来れなかったと言うかそもそも誘わなかったし、一言で言えば、すごく手持ち無沙汰……。
さやか「……(-_-;)」
『あれ?』
『きみ、もしかして愛の友だちの……青島さやかさん?』
さやか「(; ゚д゚)ハッ!」
さやか「は、はい、そうです、青島です、いつもお世話になっております。
えーっと、戸部アツマさんと、妹のあすかちゃんとーー」
明日美子さん「アツマとあすかの母です♫」
流さん「えーっと、ただの居候の書生ですw」
さやか「どうも(^_^;)」
なんかすごくたくましそう。
ーー愛が告白しちゃったっていう、戸部アツマさん。
アツマ「きょう、自由席だよね、ここ?」
さやか「ええ、さすがに全席指定とかじゃないです、学校の設備なんで」
あすか「じゃあ、さやかさん、一緒にお姉さんの演奏観ませんか?」
さやか「うっ……(;´Д`)」
さやか「ご、ごめんなさい、いっしょに観る友達がいるので……」←ウソつけ
あすか「じゃあしかたないですね」
アツマ「それに、あまり大勢で応援団みたいになると、余計な緊張を愛に与えちゃうからな」
アツマさんの言う通りだと思う。
わたしは端っこのほうで観てる。
ーーーーーーー
開演
舞台裏
つぎがいよいよ葉山先輩の出番だ。
優勝すれば、おとうさんや利比古やおかあさんに会える。
でも、葉山先輩に勝たれたら、仕方ない、と割り切る。
でも、葉山先輩の演奏のあとで無様な演奏は……、
したくないな。
アカちゃん「愛ちゃん、汗出てるわよ、緊張しすぎ」
愛「ご、ごめん、拭いてもらって」
アカちゃん「ミスしても命取られるわけじゃないから」
愛「物騒な……(-_-;)」
アカちゃん「失敗したって赤点も停学もないんだし、気負わずに行こうね?」
愛「うん、ありがとう」
そして葉山先輩がステージに立った。
ビリジアングリーンのドレス。
体型は、ほとんどわたしとおんなじ。
だけど、身にまとうオーラがすごくて、やる前からわたし負けそう。
♫演奏♫
(舞台袖で)
『すごい…』
『ゾクゾク来るね』
次第に舞台袖にいる人間が無口になっていく……。
『……』
アカちゃん「……」
愛「……ゴクリ」
♫万雷の拍手♫
愛「・・・・・・(;´Д`)」
ーーーーーーーー
観客席
アツマたちの席
すごい演奏だったな、素人でもわかった。これは次に出てくる愛はやりにくいぞ。
……しょうじき、愛より上手いのかもわからん。
愛の演奏を日常的に聴いてるから、逆に、この子の演奏が愛と比べて上手く聞こえなくもーー
あすか「お姉さん出てきた!」
アツマ「(; ゚д゚)オット!」
あれが……愛なのか?
紫に近い色合いのドレス。
しょうじき、家にいるときは、妹みたいな感覚ーーつまり、あすかと同じような感覚で、「これまでは」愛に接してきたんだと思う。
あすかより少し胸が小さいぶん、あすかより少し背が高くて、それでもおれと比べたら10センチ以上、低い背丈。
いまステージにいる愛の背丈、もちろん、15、6歳の日本人女子の平均身長をわずかに上回るくらい、という事実は変わらないのに、
ものすげぇ大人びて観えるーー。
髪が長くなったのもあるけど。
この席から顔はよく見えないけど、
輝いて観える。
でも……。
♫演奏♫
(さきほどの演奏に勝るとも劣らない愛の演奏技術に息を呑んだみたいな観客席)
『・・・・・・ゴクリ』
あすか「……すごい。」
アツマ「変だ」
あすか「(小声で)な、なにいってんの、お兄ちゃん」
アツマ「愛が愛じゃない気がする。
いつもの愛を出し切れていない」
・愛の演奏のテンポが加速していく。
加速していき、そしてーー。
ーーーーーーーーー
ホワイエ
神妙な面持ちの、
あすか、
明日美子さん、
流さん。
あすか「大丈夫かな、お兄ちゃん、お姉さんにちゃんと向き合ってあげてるかどうか・・・・・・(;´Д`)」
流「大丈夫だよ。
いまのアツマなら、きっと」
さやか。
ホワイエをさまよっている。
愛を探しているのだ。
でも見つけてどう対応していいやら、わからない。
ふと、ホワイエの隅っこで、戸部アツマの声らしい話し声がかすかに聞こえる。
アツマが、愛を、なぐさめているのだ。
とりあえず、ホッと胸をなでおろした。
ドレスのまま終始うつむきっぱなしの愛ーー。
アツマ「愛、こんどさ。
ふたりで海でも見に行こうや。
そりゃ……おまえが見たかったのは、地中海の景色とかだっただろうけど。
湘南の海だって捨てたもんじゃないし」
愛「・・・・・・」
アツマ「そろそろ、顔、上げないか(^_^;)」
愛「・・・・・・」
アツマ「・・・・・・」(どうしていいかわからなくなった)
とつぜん、愛が、アツマの胸に抱きついてきた。
アツマは自分のシャツがぐしょぐしょの涙で濡れるのがわかった。
愛はすすり泣きに泣いた。
アツマは、愛の泣きわめく声が、外に漏れないか心配だったが、たとえ外に漏れたって、どうってことないと、開き直るのだった。