【春休み納涼企画】即席ショートショート奇談

 ひび割れたビーカーの中の小魚から、夏の臭みがしみ出してくる。Kは唐突な不快感に口を手で覆った。大地が、この世界が揺らぐ感覚がした。おもむろに冷たい冷たい水が飲みたくなった。Kは冷蔵庫に向かって歩き出した。研究室にはツバメが巣を作っていた。大きく割れたガラス窓の穴からツバメは飛来してくるのだ。しかし今はビーカーの中の小魚のほうが、巣を作り立てこもるツバメよりも存在感があった。しかしながらKには冷蔵庫に向かう経路で否応なしに浴びなければならない巣からのツバメの嬌声も無視できないものであった。その不快なツバメの喚声が、いっそうKの世界をぐらつかせた。白いはずの冷蔵庫の下扉が茶色く見えた。赤茶けた冷蔵庫の部屋のペットボトルから、真夏の腐臭がしみ出してくる。どういうことかKにはわからなかった。どうしたらいいかKにはわからなかった。そもそも冷蔵庫にあるはずのミネラルウォーターはどこに行ったのだろう? 不健康な血液のように濁ったペットボトルと、果物の実を漬けるだけ漬けた不気味な容れものがあるだけだ。水を飲ませろ、もうしゃがんですらいられない。Kはもはや自我を失っていた。冷蔵庫の部屋から赤茶けたペットボトルと大型の果物の容れものを無理やり奪い出し、床に叩きつけた。ペットボトルも果物の容れものも、びくともしなかった。冷蔵庫の部屋じゅうにこびりついている霜を指で引っ掻いて取り除こうとした。自分でも行為の意味がわからなかった。一口霜を舐め、嘔吐した。吐瀉物の臭いと冷蔵庫の腐臭がないまぜになった。ふと救急車の音が聞こえた気がした。これが、これこそが幻聴なのだと思った。もう何でもいいから液体が飲みたかった。胃の中に液体を流し込みたくて赤茶けたペットボトルを鷲掴みにした。今まで生きてきたなかで一番不快な臭いがした。上半身の熱度が際限なく上がっていくのを認めた。これを飲んだら死ぬかもしれない。しかしながらKはペットボトルの蓋を精一杯利き手で回した。かつて家族で旅した南洋の島の、倦怠感を通りこした最高潮の暑さが蘇ってきた。左耳の上部でなにかが破裂する音がした。右腕の感覚がなくなり、その後で「六本指になった」。  

 ツバメが吐瀉物をくちばしで突っついていた。