たとえば、中学に入ってから900冊本を読んだ女子中学生がいるとして。

○戸部邸

 

羽田愛(以下、愛)「ただいま帰りましたー」

 

(おかえりなさーい、という、戸部家の母・明日美子さんの穏やかな声)

 

 愛、丁寧に靴を揃え、居間に上がる。

 通学カバンを、そこらに放り投げるのではなく、ソファーの脇にきちんと立てておいて、ソファーにゆっくりと腰掛ける。

 そして通学カバンから、書店の袋を取り出す。

 

 斜向いには、戸部家の長男・温馬(あつま。以後、アツマ)がだらしなくソファーにもたれかかっている。

 バッグを床に放り投げ、アツマは漫画雑誌を読んでいる。

 

アツマ「よっ」

愛「よっ、じゃないわよ」

アツマ「は?」

愛「また漫画雑誌ですか……」

アツマ「漫画雑誌読んじゃいけないのかよ? きょうはチャンピオンの発売日なんだぞ」

愛「(流し目で)……(ー_ー;)

 せっかく、月に1冊もまともに本を読まなかった男が、週に1冊は本を読むようになったというのに!

 そういう習慣をつけてあげたのは誰だと思ってるの!?

(・へ・)」

アツマ「おまえはさ」

愛「何」

アツマ「ちょっと本を読みすぎなんだよな」

愛「1日1冊活字の本を読むことと、ピアノが弾けることしか取り柄がない女子中学生で悪かったわね」

アツマ「いや、それ、ものすごいハイスペックだろ……まるで攻略するのが一番難しいギャルゲーのヒロインみたいだぞ」

愛「意味がわかんない比喩はやめてください」

アツマ「おまえ、中学入ってから、今まで何冊本読んだの」

愛「ん~、900冊ぐらい?」

アツマ「(゜o゜;)」

愛「なに固まってんのよw

 1日1冊ペースなら、今年度も半分終わった(6ヶ月)んだから、30×30で、それくらい行くでしょ」

アツマ「(゜o゜;)ほ、本を読みきれない日や、本を読まない日はないの!?」

愛「あるわよ、そりゃ」

アツマ「どういう計算なのそれ」

愛「夏休み~」

アツマ「あ、そうですか(´・ω・`)

愛「夏休みに本読まないでいつ本読むの!?」

アツマ「(´・ω・`)

 

アツマ「でもさ、やっぱ中学入ってから900冊消化したって異常にも程があるぜ?」

愛「ま、あとは音楽聴くこととピアノ弾くことしかやることないし」

アツマ「勉強は!」

愛「授業8割、自宅学習2割」

アツマ「はぁ……(;´Д`)さようですか」

愛「でもね、わたし、明日美子さんにも、あすかちゃん(アツマの妹)にも、あんたにも感謝してるの」

アツマ「んっ?」

愛「だって、あんたのお父さんがあんなに素晴らしい書庫を遺してくれなかったら、900冊も読むなんてできなかったわよ」

アツマ「まぁおまえが来たのは中学の途中からだし……それに本を収集したのは父さんだし……」

愛「明日美子さんや、あすかちゃんは、わたしが辛い時助けてくれた、ついでにあんたも」

アツマ「は!? ( ゚Д゚) 俺、『ついで?』」

愛「ま、まぁ、わたしの『異変』にはじめて気づいてくれたのは、あんただから、いちばん感謝すべきは、その……///」

 

モジモジしながら顔を赤くする愛。

 

アツマ(なんだ、素直になれねぇだけじゃねえか)

愛「(頬を赤くしたまま、アツマを指差して)命令!

アツマ「宿題?」

愛「そう! わたしが今日買って来た本を読むまでに、今日学校で出た宿題を終わらせなさい!!」

アツマ「あ~あ、おまえ読むのはえーんだよなぁ」

愛「いつものことでしょ? それで宿題の進捗もスピーディーになる! 相乗効果!」

 

~1時間後~

 

 本を閉じる愛。

 

アツマ「もう読み終わったのか……」

愛「( ^ω^)」

アツマ「まぁきょうは本が薄かったからな」

愛「そうね、200ページぐらい」

 

 愛はこんな小説を読んだ。

 

 

シュガータイム (中公文庫)

シュガータイム (中公文庫)

 

 

アツマ「小川洋子って、『博士の愛した数式』のひと?」

愛「さすがにそれぐらいの知識はあるのね。

 まぁ、芥川賞作家であることはご存知なさそうだけど」

アツマ「えっ! 小川洋子って、芥川賞取ってたの!」

愛「そうよ」

アツマ「なんて小説?」

愛「『妊娠カレンダー』」

アツマ「俺らには関係なさそうな題名だな……」

愛「まぁね……まだね……(´・ω・`)」

 

アツマ「で、その『シュガータイム』は、どんな話だったの?」

愛「あんた、自分が読んでない小説のこと訊くとき、必ず『どんな話なの?』って訊くわよね」

アツマ「変か?」

愛「例えばわたしがあんたにあんたが今読んでる本のことを訊こうとするなら、『どんな話?』とは訊かずに、『どんな本?』って訊くと思う」

アツマ「何が違うんだよ」

愛「微妙なニュアンスの違いよ。小説は『おはなし』じゃないでしょ」

アツマ「は!? 小説が『おはなし』じゃなかったら何が『おはなし』なんだよ!?」

愛「あんたに今度絵本の読み聞かせをしてあげましょうか……(^_^;)

 えーっと、『シュガータイム』は一人称小説ね」

アツマ「一人称って『わたし』とか『おれ』とかの事だよな。だれの一人称?」

愛「かおるちゃんっていう女子大生の一人称。ひらがなで、わ・た・し。

 で、かおるちゃん、つまり『わたし』は、『奇妙な日記』を付け始めるのよ」

アツマ「どんな日記?」

愛「ひたすら食べ物のことばかり書かれてるのよ……!」

 

つづく